交通事故によって、私の人生は大きく変わった。
身体だけではない。
それまで考えていた仕事や、これからの生活、将来の計画まで変わってしまった。
私は鍼灸師として新しい人生を歩もうとしていた。その矢先に交通事故に遭い、身体に障害が残った。
その後、訪問鍼灸で独立し、大家業や株式投資、暗号資産、アフィリエイトブログなどにも挑戦した。
そして、障がい者グループホームの経営へと仕事の形を変えてきた。
うまくいったこともある。
しかし、思いどおりにならなかったことも多い。
交通事故の賠償金として受け取った約5,500万円も、今ではすべて使い切った。見る人が見れば、もったいない人生だと思うかもしれない。
それでも、私は後悔していない。
なぜそう思うのか。
事故後の人生で何を考え、何を選び、どのような結果になったのかを振り返ってみたい。
交通事故で、これからの人生の計画が変わった
私は建築の仕事を離れ、鍼灸師になるために夜間の専門学校へ通った。
家族がいる中で仕事を変え、資格を取り、新しい道へ進もうとしていた。
そして、ようやく鍼灸師として働こうとしていたときに、交通事故に遭った。
骨盤や大腿骨を骨折し、大きな手術を受けた。
長い入院生活とリハビリを経ても、身体は元どおりにはならなかった。
事故前と同じように働くことは難しい。
しかし、私には妻と二人の子どもがいた。
身体が不自由になったからといって、家族の生活を止めるわけにはいかなかった。
そこで私は、今の身体で何ができるのかを考え始めた。
元の働き方に戻れないなら、自分で仕事を作ろうと思った
退院後、以前の職場で施術ができるか試してみた。
施術そのものはできた。
しかし、事故前と同じ人数の患者さんを診ることは難しいと感じた。
働けることと、家族を養えるだけの収入を得られることは別だった。
そこで考えたのが、訪問鍼灸での独立だった。
もちろん、独立すれば患者さんが来てくれるという保証はない。
最初はチラシを配った。
5,000枚配って患者さんが一人という経験もした。
それでも、少しずつ仕事を増やしていった。
やがて訪問鍼灸の売上は、月90万円ほどになった。
事故後の身体でも、自分で仕事を作ることができた。
それは私にとって、大きな結果だった。
しかし、そこで人生の不安がすべてなくなったわけではない。
5,500万円を受け取り、最初にしたのは住宅ローンの完済だった
交通事故の賠償問題が終わり、私は約5,500万円を受け取った。
大きな金額だった。
まず、当時の持ち家に残っていた約600万円の住宅ローンを完済した。
この返済には、以前からの銀行との関係を終わらせたいという思いもあった。
そして、残ったお金を全額、金利の良い定期預金に預けた。
そのまま預けておけば、利息を受け取りながらお金を残すこともできた。
実際、そういう選択を一度はしていたのである。
しかし、しばらくして私は定期預金を全額引き出した。
家族とのこれからの暮らしを考え、古い家を購入することにしたからだ。
約2,200万円の古い家を買い、数年後には建て替えた
私が購入したのは、古い平屋だった。
購入金額は約2,200万円。
事故によって身体に不自由が残っていた私にとって、階段のない家という点も魅力だった。
購入後は、家に手を入れた。
ウッドデッキを設置し、自分で改修した部分もある。
家族が暮らす場所を、自分たちなりに整えていった。
その後、数年が経ち、新築への建て替えも決断した。
そして現在、私には数千万円の住宅ローンが残っている。
約5,500万円もの賠償金を受け取ったのに、今も住宅ローンを抱えている。
この話を聞いて、もったいないと思う人もいるだろう。
あのお金を定期預金に残しておけばよかったのではないか。
古い家を買わず、建て替えもしなければ、もっとお金が残ったのではないか。
そういう見方があることは分かる。
しかし、私は家を購入した判断も、建て替えた判断も、間違いだったとは思っていない。
そのときの家族の生活を考え、必要だと思ったから選んだ。
経済的に最も有利な選択だったかどうかは分からない。
それでも、家族が暮らす場所をつくったことに、私は後悔していない。
大家業、株式投資、暗号資産、ブログ。挑戦したことの多くはうまくいかなかった
賠償金を受け取った後、私は仕事や住宅だけでなく、ほかにもいろいろなことを試してきた。
大家業。
株式投資。
暗号資産。
アフィリエイトブログ。
それぞれに可能性を感じ、自分なりに調べ、挑戦してみた。
しかし、思い描いたような結果にはならなかった。
何かを始めれば、必ず成果が出るわけではない。
時間をかけても、結果につながらないことがある。
お金を使っても、期待したものが得られないこともある。
振り返れば、私は成功したことより、うまくいかなかったことの方が多いのかもしれない。
少なくとも、挑戦したものがすべて実を結んだ人生ではない。
ただ、挑戦しなければ結果は分からなかったとも思う。
もちろん、それは失敗を正当化する理由にはならない。
もっと慎重に考えるべきだった判断もあったかもしれない。
それも含めて、私が実際に歩いてきた人生である。
訪問鍼灸で成果が出ても、将来の不安は消えなかった
訪問鍼灸は、私にとって大きな転機になった仕事だった。
事故で身体に障害が残っても、独立して収入を得ることができた。
しかし、長く続ける中で、保険施術を中心とする事業の将来に不安を感じるようになった。
患者さんの高齢化や同意書の問題など、仕事を続けていくうえで考えなければならないこともあった。
今の仕事を続けるだけでよいのか。
これから先、家族の生活をどう守っていくのか。
そんなことを考えていたとき、鍼灸関係の協会から障がい者グループホームについてのメールが届いた。
それが、新しい事業を考えるきっかけになった。
妻の反対を受けながら、障がい者GHの経営へ進んだ
障がい者グループホームの経営は、それまでの訪問鍼灸とは大きく違う仕事だった。
訪問鍼灸は、自分一人で仕事を進められる部分が多かった。
しかし、グループホームはそうはいかない。
職員を雇い、利用者さんの生活を支え、事業全体に責任を持たなければならない。
妻は当初、開業に強く反対した。
それでも私は、新しい事業の可能性を考え、妻を説得した。
そして、障がい者GHの経営を始めた。
当然、始めたからといって、すべてが思いどおりに進んだわけではない。
人を雇う難しさ。
利用者さんを支援する責任。
経営を続けるためのお金の問題。
訪問鍼灸とは違う難しさに向き合うことになった。
今では、妻が職員や利用者さん、関係者への対応を大きく担ってくれている。
一人で完結する仕事から、家族とともに責任を負う事業へ。
仕事の形は大きく変わった。
賠償金は使い切った。それでも後悔していない
約5,500万円。
交通事故によって受け取った賠償金は、今では残っていない。
住宅ローンもある。
事業の経営にも、さまざまな課題がある。
投資やブログなど、結果につながらなかった挑戦もあった。
これだけを並べれば、もっと上手なお金の使い方があったのではないかと思われるだろう。
私自身、すべての判断が正しかったとは思っていない。
ただ、一つだけ変わらずに考えてきたことがある。
家族をどう守るか。
仕事を変えるときも、独立するときも、家を買うときも、新しい事業を始めるときも。
そのときの自分なりに、家族の生活と将来を考えて判断してきた。
もちろん、家族のために考えたからといって、結果まで正しくなるわけではない。
自分の判断によって、家族に負担をかけたこともあったと思う。
それでも、私が優先してきたものまで間違っていたとは思わない。
お金を多く残すことが、人生の唯一の正解ではない。
私にとっては、家族が暮らし、生活を続けていけることが大切だった。
だから、賠償金を使い切った今も、私は後悔していない。
そして今、これまでの経験を伝える仕事にも挑戦してみたい
交通事故から始まった人生の変化。
訪問鍼灸での独立。
住宅の購入と建て替え。
投資やブログでの失敗。
障がい者グループホームの経営。
私は、そのたびに考え、調べ、判断してきた。
そして今、もう一つ新しいことを考えている。
それが、自分の経験をコンテンツとして届ける仕事だ。
私は、何もかも成功してきた人間ではない。
むしろ、見る人が見れば失敗の方が多いと思う。
だからこそ、成功する方法を知っている人間として何かを教えたいわけではない。
自分が何を考え、どんな方法を試し、どういう結果になったのか。
失敗したことも含めて、ありのままに伝えてみたい。
それが、今まさに同じような問題に悩んでいる人にとって、何かの判断材料になるかもしれない。
もちろん、コンテンツビジネスがうまくいくかどうかは分からない。
これまでの挑戦と同じように、思うような結果にならない可能性もある。
それでも、私はまた考え、試してみたいと思っている。
交通事故によって、私の人生は大きく変わった。
しかし、事故によって私の人生が終わったわけではない。
人生が変わった。その後を、どう生きるか。
その問いに、私は今も向き合っている。

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